今回のアルバムでは、コール・ポーターが1930年に、ブロードウェイ・ミュージカル「ニューヨーカーズ」のために作詞作曲した「ラブ・フォー・セール」をキャサリーン・サダトが歌っている。これが実に素晴らしい。これまで、エラ・フィッツジェラルド始め、多くのレディ・シンガーが歌ってきているスタンダードたが、この歌が本来持つセンセーショナルな部分が一番良く出ているかもしれない。
MOREトーマス ポートランドのシティ・ホールに勤務している、社会活動家でもある友人のキャサリーン・サダトに歌ってもらったんだ。75歳の黒人女性で、*ソート・リーダーでもある彼女は、レコーディングしたことは一度もないんだけど、歌うのが大好きなんだ。僕は1991年に、ポートランドのシティ・ホールで、彼女の下で働いていたんだ。その頃からの友人で、2年前から一緒にアルバムを作っているんだけど、「ラブ・フォー・セール」はその中の一曲。
とても美しくて、なんていうかな“世界の終末的”で、ピンク・マティーニのアルバムに入れることにしたんだ。彼女のアルバム? 全部スタンダードで、例えば「センチメンタル・ジャーニー」とか、「エブリタイム・アイ・セイ・グッドバイ」とかね。
*ソートリーダーシップ(Thought Leadership)とは、特定のセグメントや分野において将来を先取りしたテーマやソリューションを示し、人々の議論や思想形成を引き起こすことにより、そのテーマやソリューションについて改めてより深く考えるようにする活動
75歳の歌手デビュー。しかも一聴すれば、キャサリーン・サダトのジャズ・シンガーとしての力量が伝わってくる。古き盃に新しい酒を注ぐ。まさに上質のカクテルのような味わい。これぞスタンダード・ソング!である。
トーマス それがキャサリーンの魅力です。(彼女のソロ・アルバムの完成を)来月には終わらせたいんだけど、「フランキー&ジョニー」って曲知っている? 歌の主人公の*フランキー・ベイカーは、オレゴン州ポートランドで生涯を終えたんだ。1930年にポートランドに引っ越してきて、ゴールド・ウエスト・ホテルで、黒人のホテルで靴磨きをしていたんだ。で、彼女はペニーレス、今はエッジフィールドと呼ばれる土地の、40年代は貧しい農家があった場所の精神病院で亡くなったんだ。
*1899年、22歳の女性・フランキー・ベイカーが、17歳の恋人アレン・ブリット少年を撃ち、死亡させた。ダンス大会で少年が他の女性と踊って優勝した後のことだった。フランキーは少年がナイフ持っていたと、正当防衛を主張、釈放された。フランキーは1952年まで生きていた。
トーマス (「ムード・インディンゴ」を流しながら)とても良いでしょう? 彼女はベスト・シンガーだと思うよ。
そのクリアな響きの声に、彼女が生きてきた時間。この歌がスタンダードになっていく時間。アメリカのジャズ・ソングの長い歴史が感じられる。
トーマス 彼女が発すると、一つ一つの歌詞の言葉に意味を持ち始めるんだ。彼女は僕が思う、一番のシンガーなんだよ。しかも75歳!
キャサリーンの歌声から、アメリカのスタンダードが本来持っている魅力が、伝わってくる。コール・ポーターの歌詞やメロディが持っている、悲しさや儚さが、彼女の歌声から感じることができるのだ。トーマスがディスカバリーしたコール・ポーターの名曲を、良い意味でセンセーショナルに歌うキャサリーン。これぞピンク・マティーニ、いやトーマスのマジックといえる。
トーマス 彼女の声が? そうだね。アメリカのスタンダードだよね。マイケル・ファインスタインって知ってる? 彼はロサンゼルスに住んでいて、僕は会いに行きたいんだけど、彼はアメリカン・ソングブックのチャンピオンだ。数週間前にニューヨークで演奏していたんだよね。
話は、アメリカのポピュラーソングに詳しい、研究家で歌手のマイケル・ファインスタインに及ぶ。ジョージ・ガーシュインの兄、アイラ・ガーシュインの晩年に師事したマイケルも、トーマスや僕と同じ、黄金時代にリアルタイムを体験していない“遅れてきた世代”である。
エラ・フィッツジェラルド始め、様々なレディ・シンガーの「ラブ・フォー・セール」を聴いてきたが、キャサリーンの声は今まで聞いたことがないほど、素晴らしいスタンダード・シンガーだと興奮気味に伝えた。
トーマス 今まで彼女はアルバムをリリースしたことがないんだ。スタジオで録音をするのも初めて。
彼女でコール・ポーターの“Miss Otis Regrets”を聴いてみたいと思った。
トーマス あの曲好きなの? 録音したんだよ。あれはとってもレアな曲。そんなには録音されていないよね。(音を再生)これに多分、四つのトロンボーンを足すと思ってるんだ。
今、考えてるのは、ディープなホーンで、ペダル・ポイントを”Ohh- Oh—..”という感じで入れたら良いんじゃないかなって。
その歌声には、彼女の75年の人生が、歌声に刻まれている。
トーマス 一瞬、一瞬のね。
「ジュ・ディ・ウイ!」には、バラク・オバマ夫人のファッションを手がけてきたデザイナーでブティック・オーナー、イクラム・ゴールドマンが歌手デビューを果たしている。しかもレバノン出身のファルイーズのヒット曲「アル・ビント・アル・シャラビア」を歌っている。
イランの伝説的歌手、グーグーシュの70年代のヒット曲「カジ・コラ・カーン」、南アフリカ出身のミリアム・マケバの「パタパタ」など、世界各国のスタンダードが、楽しく、美しい演奏で展開されていく。トーマス達が世界中で見つけてきたスタンダードをアルバムで味わう。まさに至福の音楽体験が待っているのである。